電通とGoogleの間で交わされた、ジョークのような本当のような交渉
これは数年前のお話。
天下無敵のYahoo! Japanのシェアをついに本格的に奪いだしたGoogle大先生の下に、電通さんから打診が。
その内容とは・・・
Googleの一番いい枠を(恐らくグロスで)買い取らせてほしい
この本でいちばん面白かったのは、インターネットがこれまで「生みだす力」の源泉となりえてきた理由として、「長い間、多くの人に気づかれずに放置されてきたからではないか」という指摘である。まさしくインターネットは、ながいこと文字どおりのsubcultureだった。しかも、コンテンツ層としてのsubcultureではなくて、アプリケーション層として、あるいはプロトコル層としてsubcultureだったことが重要だと思う。
思い返してみればウェブそのものも、アマゾンもグーグルもウィキペディアも、おそらくはリナックスもその他のオープンソースソフトウェアも、いつの間にか膨大なユーザーを獲得するまでは、ほとんどマスメディアではその存在が伝えられなかった。マスメディアが話題にしはじめたときは、すでにこれらの新しいメディアは圧倒的な存在感を備えていたわけで、マスメディアを通してだけ世界を見ている人には大きな驚きだったろうが、その過程に寄り添いながら生きてきた人間は、驚く人がいることのほうに驚いただろう。
その点、書籍や雑誌といった紙の出版物は、新聞や放送などのマスメディアよりはずっとネットに近く、だからこそ、さまざまなsubcultureに立脚した紙の雑誌もあれば、書籍もあったのだ。それらはいまでも存在するし、これからも存在しつづけるだろう。ただし、そのように存在しつづけられるようなアーキテクチャが存在しつづければ、の話だが。
いま雑誌やある種の書籍が「危機」にあるとしても、それは紙メディア全体の問題じゃなくて、これまでの出版ビジネスが立脚してきた、ビジネスモデルの危機でしかない。むしろ、いまの出版ビジネスがインターネットのもつ「生みだす力」に寄生して生き延びていくという選択肢のほかに、あたらしい「生みだす力」を組織できていないことが問題なのだ。
「上から目線」ということばが最近よく出てきますね。 どうも、よくないこと、として使われています。
でも、上にいる人が上から目線で話をするのは、当たりまえで、少しも悪いことだと思わないです。
教えてくれる人は、教えてもらう人の先生です。 先生が上から目線なのは当たり前だと思うのですが、どこがいけないのかわかりません。 自分が教えてもらうときに、教えてくれる人が上から目線で教えてくれて、その人がいやな人だなんて全然思いません。だって、その人は僕の先生なんだから。 別に全人格的に上下関係ができるわけじゃない。その場の人間関係として、師弟関係が成立しているわけです。
「上から目線は嫌われる?」 なんで嫌うのかな。
あるいは、もっといえば、嫌いな人からだって教わればありがたいんじゃないかな。人に好かれるように教えなくてはいけないわけでもないでしょう。
「天安門広場の外では300人死んだのだから事件の本質自体は変わらない」と言ってる人もいるので、ついでながら言っておく。
それもまた「証拠や証言よりも、自分の信じたいものを信じる」ことなのだ。
この事件の本質は、世界が当時信じた「善意の学生運動を政府が軍で弾圧した」という単純な話ではなかったのだ。
死者300人について最も責任を負うべき者は、学生のリーダーだったのだ。
なぜなら、彼らは意図的に、軍の介入と「虐殺」を引き起こそうとしたと、アメリカの映画やテレビのインタビューなどですでに告白しているからだ。
そもそも政府にとって、北京に解放軍を入れるのは内外ともに悪い効果しかないことが明らかなので、絶対にやりたくない最後の手段だった。そのため政府は最後まで無血で学生を排除しようと説得していた。
しかし、学生側のリーダーたちは説得を拒み続けた。なぜなら彼らは「虐殺が必要だ」ったからだ。
1995年製作のアメリカ製ドキュメンタリー映画「天安門THE GATE OF HEAVENLY PEACE」(日本でもちゃんと公開済)で、学生リーダーの柴玲(チャイ・リン)が無責任にも、カメラの前ではっきりとこう言っているのだ。
「政府を追い詰めて人民を虐殺させなければ、民衆は目覚めない。だけれど、私は殺されたくないので逃げます」
彼女らは、政府と学生を煽って、なんとかして虐殺を起こそうとしたのである。そして、いざ軍が来るという情報を得ると、自分たちだけCIAの手引きでこっそり海外に脱出したのだ。
軍が入ってきた時、広場に残った学生たちは柴玲たちがいなくなっていることに気づいて呆然とした。
いつの間にか中国を脱出していた柴玲たちは見てもいない「天安門の虐殺」を世界のマスコミに向けてアピールした。
要するに今枝の写真は彼らの企みに利用されたのだ。
真実はそういうことだったのである。
はっきり本人が「虐殺させなければ」と言っている映像が残っている以上、
学生たちを踏みにじったのは軍の戦車ではなく、柴玲たちなのである。
柴玲が亡命後に最初にしたことは美容整形だった。
現在、アメリカやヨーロッパのTVドキュメンタリーでも、亡命した学生リーダーたちは「学生を利用し、事件の責任を負うべき者」として批判されている。そのうちのいくつかは日本のテレビでも放送されている。
また柴玲たちのその後を追ったノンフィクションも出版されている。
この事件で評価すべきは、柴玲たちの冷酷な企みにも負けずに無血撤収を成功させた学生たちと、柴玲たちが期待していたような最悪の事態を食い止めた軍側の指揮者たちである。